あの温泉宿の男性 ー 以後、便宜的に「N氏」ー の、脈絡上奥さんと考えられる女性の写真での可憐さに、私は何かしら怖気付くような気持ちを拭えないでいたのですが、それでも明くる年の春になると連絡を取ってしまったのは、次女が長女と同じ全寮制の学校に入ることが決まり、自分たち2人がますます夫と妻として過ごす時間が増えたということも背景にあったと言えるでしょう。数ヶ月ものブランクから突然の、唐突にとも取られそうなこちらのメールに、N氏は何も意外なことなどないかのように気さくに歓迎するような返事をくれ、何度かの返信を経て私達は、彼らの待つ高原リゾート地の別荘に招かれることになったのでした。



車での長い運転や渋滞や迷い道が心配だからというN氏の心遣いに甘えることにして、まだ高原地では三寒四温の日和の残る4月初め、私達夫婦は高速バスで最寄り駅前の停留所に到着しました。ほんの10分ほど待つ内にステーション・ワゴンで迎えに来てくれたN氏は独りで、奥さんとの初顔合わせの瞬間にドキドキを感じていた私は、拍子抜けするようなほっとするような半々の気持ちでした。「お隣のご夫婦とのテニスが長引いちゃってましてね。『このゲームを終わらせちゃいたいから、お出迎えはあなた一人でお願い』ってんですよ。まあ、着く頃にはさすがに終わってるとは思いますから、ご勘弁くださいね」気さくな調子で詫びるN氏でしたが、私はまた、あの女子大生か新人OLかという写真の彼女がテニス・ウェア姿でいるのを想像し、再び胸が高鳴るのを勝手に感じているのでした。



20分ほどで着いた別荘地は、私達の予想を大きく超えた、新奇で気の利いた設えのものでした。3つや4つやの各々のロッジのオーナーが敷地内のテニス・コートや小型プールやバーベキュー場やの設備を共有し、プライヴァシーと交流の両面に便宜が図ってあるのです。N氏夫妻のロッジ2階のゲスト寝室に荷物を下ろし軽めの服に着替えた私達夫婦は、N氏と連れ立って奥さんを探しにコートのほうへ、次いで少し離れた露天風呂へと歩き、その脇の木造りの棟から階段を降りてくる「お隣さん夫婦」に出くわしたのでした。



五十絡みのがっちりした男性と30代半ばに見える白人ハーフらしき女性は、テニス用と思しき白の長袖長ズボン姿で、女性のほうは垂らした長い髪の毛先をタオルでくるみつつ、とちょうど風呂上がりのような風態。「ああ、Nさん。Yさんならまだジャクージにいらっしゃいますよ。はりきりすぎたから筋肉を十分ほぐしとかなきゃ、と」そう言う男性に向けてN氏は私達夫婦を紹介し、私達は、車の中で打ち合わせていたとおりに、少し変形させた下の名前を名乗ったのでした。カジュアルに暇乞いをして早々と去っていく「お隣さん夫婦」にも、やはりN氏に通じる訳あり感が何とはなしに感じられました。



「ここ、上が脱衣所とジャクージになってましてね」と言うN氏に続いて、棟の左手の急な階段を登ると、手狭めな温泉旅館のそれのような脱衣所に通じていて、その外への扉を開けると一面だけガラス張りになったジャクージ室なのでした。「あら、ごめんなさい!わたし、ゆっくりしすぎちゃいましたね」現れた私達一同に応えてジャクージの中で立ち上がったN氏の奥さん ー Yは、白のビキニ姿ということもあって、あのカードの写真で見る以上に鮮烈に若々しく美しく、私は息が止まり心拍が乱れるような動揺を十数秒感じました。はじめまして、Mと申します、なんて素敵な... ー 隣の妻が如才なくYに対して挨拶を引き受けてくれなかったら、私はもしかしたらそのまま何十秒も、案山子か何かのように間抜けに立ち尽くしていたかもしれません。



N氏に促されて、Yの着替えを待つことなくロッジに戻り、彼の用意してくれていたサンドウィッチ・メインながら豪華な昼食を摂っている内、春めいた薄色のワンピースに身を包んだYが食卓に現れました。その姿はどう見てもやはり、はたち前後の女子たちが読む女性ファッション誌から抜け出してきたようで、私は相変わらず、心のざわつく、快不快の入り混じったような気分になるのを拭えませんでした。温泉宿から帰っての夜、妻が「このコが一緒だと思うとどうにかなっちゃいそうじゃない?」と言ったように、私は果たして彼女と... いや、そもそもYは、この「場」、この関係性、これから夜に向けて為されるはずの諸々の行為、そうしたものをどこまで、どう意識しているのだろう?水商売の店で説教するオヤジよろしく、もやもやした思いを抱えている私に気付いてか、すっと傍に寄ってきて肩に軽く手をかけてYが尋ねました。「Jさん、大丈夫?もしかしてお寒いんじゃ?ねえ、あなた ー」と、これはN氏に向けて「ー サーモはやっぱり25度には上げとかないと。せっかく初めてのお客様なのに、お風邪でも召したら申し訳ないわ」私はもごもごとバス路での車酔いでどうのこうのと自分の浮かない様を言い繕って詫びましたが、実際、応えてN氏がサーモスタットの設定温度をめいっぱい上げたおかげで、ロッジ1階のその場の空気は一気に初夏めいたものになるのでした。
(「2」に続く)



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